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NPO法人ケセランパセランは、自閉症児を支える家族からのエッセイを掲載しています。家族の目から見た自閉症児達をご覧ください。

2008年よりサクラウメの独り言はブログに移りました。

1)創刊号 食べ物遍歴 2006年3月(創刊号は下方をご覧ください。)
2)もしわが子が話せたら 4月号
3)縁は異なもの味なもの 2006年6月号
4) ゆけゆけ役員 
5) ショプラー先生 2006年7月
6) 花火大会 2006年8月
7)9月号 運動会 2006年9月 
8)11月号 音楽遍歴 
9)劇団 白雪姫
10)やばい!地球温暖化
11)初めての卒業式
12)イケてる支援

13)速い動き
14)長い夏休み

(C) NPO Keseran Paseran. All Rights Reserved.  written by Sakuraume

 
14) 長い夏休み

 

長い夏休み。とにかく長〜いお休みだから家ではしっかりお手伝いや課題学習にもとり組んだり、毎年通う片道1時間の温泉プール通いやビデオやさん、花火大会、ケセパセキャンプ…といつもの夏休みのようなスケジュールを入れながら、毎日汗だくのスケジュールづくりの夏でした。家族旅行は我が家は夏休みの混雑の時期をずらしていくし特に行楽の予定は暑い最中はいれなかったのですが 例年とは違う予定もはいりながら、今年も事故なくケガなく無事に終わりました。バンザーイ超多動のmaruには日々混乱なく予定を示し 危険のないように安全にすごすというのがいつも最大の目標。去年は暑さで不眠症になったり衝動的に飛び出したり本当に大変でした。今年は本当に落ち着いて(もちろん多動にはかわりなく毎日家で跳び跳ねて逆立ちしてますが)脱走や飛び出しもなく、年々体力の衰えを感じる母に配慮してくれてるのか?(ありえんありえん笑) 命を守りきることができました。(大げさでなく・・・)
 そんな中今年は大きな変化が2つ!1つはスーパーに一緒に買い物にいけるようになったこと。スーパーでも行方不明にならずちゃんと母を探して帰ってきてくれるしほしいおやつやパンも選んで買って帰れるし、今まで大きなスーパーでは走り回った末に行方不明にはなるわ 棚の焼きたてパンを触ろうとするわ とても献立を考えながら買い物させてもらえる余裕なんてなかったんです。カートを押して微笑みながら品定め…ああなんという幸福でしょう(笑)。
 そして2つ目はファミレスでゆっくり外食できるようになったこと。ずいぶん前に赤ちゃんの泣き声と人ごみでファミレスで大パニックをおこして何も食べずに支払いだけして帰った経験から家族連れが多いファミレスはmaruには鬼門、絶対に足を踏み入れなかったのです。なれたお店に事情をよく説明して個室で外食くらいしかできなかったので気軽に帰りに立ち寄るなんて我が家には永遠にないかもと思っていたファミレスも 最初はキャンプのボランティアさんとの顔合わせで思いきって前もって写真を見せて利用してみたらドリンクバーがお気に召して難なくクリア。以来休み中2回食事に行けました。家族でファミレス(本当はもう少しお洒落なおいしいお店にもいきたいけど また大人になるまでにステップアップしていきましょう・・・)で食事。作らなくても洗い物をしなくてもご飯がたべられる(笑)。なんて夢のよう。しかも目の前のまぼは店長の配慮で決まった奥の席に座りドリンクバーは決まった順番でメロンソーダ、コーラとうちにないドリンクを楽しみ最後は熱いコーヒーをすすりながら外の景色をながめている…ああ素敵。
 コーヒーをすごい勢いでかき混ぜながらスプーンですすることを除いて なんて大人っぽい(笑)。すてきな成長を感じた夏休みでした。

(さくらうめ)

 
13) 速い動き 

 我が家の息子maruは速い動きが大好きです。ものの見え方が人とは違うのは確かで、ビデオも早送りで見るのが心地いいようです。早歩きの足運びに見入って足を見ながら そのままついて行ってしまったり、走る自転車や車の車輪の回転にはまり、突っ込む勢いで吸い寄せられたり・・・と危険な要因になることもありましたが、危険でない行為は それは彼の視覚の認知の違い・・と割り切って認めています。ビデオデッキももう何回修理して 何回買いなおしたことか笑。

 そんな彼が「言葉」にもお気に入りが出てきました。

以前からここに書いてきましたが彼には単語が少しの発語しかなく その発音も普通の人には聞き取れません。でも 聞いて心地よい?というか好きな言葉があるようなんです。絵本やビデオの中で 怒る泣く叫ぶ・・といった負の表情いっぱいのセリフ(顔の表情が一見してわかりやすいから??)にはまってそれを繰り返し読んでもらったり、見たりしています。

 最近のブームは「食うぞ!」。「許さん!」そしてなぜか「シュッ」という擬音。どれも無気音で発音すると大喜びです。「食うぞ」なんて「食う食う食うぞ」と速回しで重ねるとさらにぴょんぴょんとぶ勢いで喜びます。体温調節がうまくできなくてこの時期は暑さに、しんどく、つらくなったり、不機嫌になったとき、混乱しかけたときなどもこれを無気音でささやくとニッコリと持ちなおしてくれるときが多くて助かっています。

 ただ1点困るのは 電車やバス 買い物中とかでもmaruにニコッと微笑まれて「くうぞーー」(by maru)と言ってくれとの要求に「食うぞーー!」(by母)とすごんで応じる変な親子・・・。「許さん!」までついてすごんでセリフを言う母は こんな障がいのある子に虐待?!って思われてしまわないか心配です笑。

 そういえば教頭先生もmaruのリクエストに応えていつも 豪快に首を絞め、肩をくちゅくちゅしてくれるのですが この姿がまた他の児童や保護者が見たら体罰か何かにしか見えない・・・参観日 廊下で会っても 「ここでは今日はかんべんしてくれーー」と先生も冷や冷や断られていました。普段は授業の間 仕事の報酬(ご褒美)に「待て〜」と追いかけてもらっては誰もいない廊下をこっそり二人で走っていて 今週の目標「廊下を走らない!」を堂々と破ってくださっている素敵な教頭先生です。(さくらうめ)

12) イケてる支援

maruも小学6年生。思春期の入り口です。そろそろ「親なんてうっとうしい」と思っても不思議ではありません。

だけどいかんせん、我が家ひらいている教室に来ている低学年のおこちゃまたちからも「maruちゃんーー」「かわいい〜」といわれてしまうくらいお子ちゃまチックなmaru。知的にも(障害が)重いのでそれは仕方ないのですが ついつい親も年齢相当の「イケてる支援」をしたいと思いながらお子ちゃま扱いをしてしまうことも・・・。

 そんなmaruにも変化が。先月はキャンプ(2泊3日)と修学旅行(1泊2日)と県外でひとり親とは離れてすごす行事がありました。一人でお泊りなんて彼には慣れたことですが、今までなら迎えに行ったとき、帰ってきたとき、毎回うれしそうに私に寄り添ってきた彼が今回はなんとおお泣き!そうか、そんなに寂しかったのか・・・!ではないんです!!「俺は まだ帰りたくなかったんだーー!!」の涙です。

キャンプでお世話になったスタッフとお別れするときも、修学旅行のバスを降りてくるときも・・・目を真っ赤にして。まるでお迎えにいった私は 悪いことしてるみたいな・・・とほほほ。笑 

 家で家族だけですごすより キャンプや修学旅行でみんなと過ごすことも楽しめる。心配している親を尻目に 彼は着実に大きくなってきてるんですね。もちろん その裏には一生懸命準備とお世話としてくださったスタッフ、事前に出張で下見までしてスケジュールをつくり大雨のなか一生懸命支援してくださった先生の支援があってのことです。彼の障害の特性をよく理解して、彼にあわせた支援があったからこその成長です。

 大切な大切な小学時代。これからどんな変化 成長をみられるのか楽しみです。(さくらうめ)


11) 初めての卒業式

『初めての卒業式』

 先日、maruの学校でたった一人の卒業式が校長室でほのぼのとり行われました。

卒業生は隣のクラスのIくん。おとなりは今年度スタートした障害児学級で、隣のクラスのmaruとはなにかと活動でかかわることも多く、Iくんは1年間本当に上手にかかわってくれて、つらいときしんどいときにも彼に「こちょこちょ」としてもらうだけで気分転換!いろいろ「しょうがないなーー」とか言いながらもお世話もしてくれたI君です。

 そんな大好きな親友ともいうべきIくんともお別れする日がやってきました。

彼の顔に×はつけられない(かわいそうで)ので、彼がいる日まで学校のアイコンの下に彼の写真もつけて週間スケジュールに提示。卒業式以降I君の写真は登場しません。え?という顔でじっとスケジュールを見つめていたmaruも卒業式には在校生代表として参加しました。Maruの学校では在校生は全員卒業式にも参加しますが、厳粛な厳粛な卒業式にはmaruは今まで一度も参加したことはありませんでした。Maruにとっても初めての卒業式参加です。

 みんなの式がおわって午後 こじんまりした暖かい卒業式は始まりました。在校生代表としてネクタイ姿で決めたmaruにはおよそ緊張というものはなく、慣れた先生方の中で妙にくつろいで座っていたそうで・・・後にいただいた写真集には いつの間にか教員席に移動していたり、大好きな教頭先生を見つけていつものように「肩をくすぐってくれーー」と迫ってやってもらっている姿が・・(汗)。それでもそんな在校生代表の存在で 超緊張していて中に入れないかも・・・の勢いだったIくんもリラックスして参加できました。とお母さんからもお聞きしました。 Maruも無事花束を渡し、「と!(おめでとう)」とご挨拶。お役目は果たしたようです。

 大好きな人とのお別れも経験し、さあ 小学校最後の1年です!次の卒業式はきみの本番!!卒業式で たとえ跳んでも、大きな声で興奮したとしても、それをずっと理解し見守ってきてくれた級友たちに、先生たちに「ありがとう」って言うのが君の最終目標で、今まで無理せず少しずついろんな式にも参加する練習してきたんだもんね。春本番です。(さくらうめ)

 10) やばい!地球温暖化

今年は本当に暖冬でした。年々夏は暑く冬は暖かくなってきているのを実感するこのごろ。地球温暖化防止にむけての京都議定書をアメリカは無視している・・とかそんなニュースにも「ふーーん」。自分にはじゃあ何ができるのか・・なんてそう真剣に考えることもなかった数年前。

 しかーーし、今は違います。だってだってmaruは体温調節が苦手。夏は彼の身体も精神もとっても狂わすのです。「温暖化」なんてもってのほか!!!!30年40年たつころ私はもう老人だろうからいいけれど まだまだ壮年でいるであろうmaruにとって今以上にムシムシ暑くて煮えたぎるような夏がもっと長く続くとしたら・・・。考えるだけでも恐ろしい・・。

 なのでここ数年ごみの分別にも力が入ります!リユーズ、リデュース、リサイクル!そう3つのRです!笑 牛乳パックをひらく面倒な作業も 空き缶を洗ってつぶすのもすべてかわいい息子のため・・笑。廃品回収だっておばちゃんはがんばります。乾燥機が壊れても買いなおしません・・太陽の光で十分です。息子のためならえーんやこら。私のささやかな取り組みもかわいい息子が将来少しでも暮らしやすくなることにむすびつく「大河の一滴」であってほしい。

 ニキリンコさんもそういえば講演会の合間「私の辞書に『寒い』という言葉はありません。寒いのは主人の親父ギャグだけ・・」と言われてました。寒いより暑いほうがきっと大変なんでしょうね。

 しかし環境問題を考えながら 息子のために夏はずっとクーラーをかけざるを得ないこの現実の矛盾・・・。温度設定は27度だから・・地球も自閉ちゃんはどうか許してね。だって間違ってこの地球に来てしまったんだもん。だめなら自閉の星に返してくれーー!!

(さくらうめ)


 9) 劇団 白雪姫

 Maruは一風変わったことにはまります。今のお気に入り「白雪姫」の本も「鏡よ鏡 世界で一番美しいのはだれ?」と詰め寄る意地悪なお妃様、「姫様覚悟〜」と白雪姫を殺そうとする瞬間のきこり、「りんごをお食べ。ひ〜ひっつひ・・・」と笑う魔法使い。そんなインパクトの強い場面が非常にお気に入り。それを学校で担任の先生のみならずお気に入りの大好きな先生方にリクエスト。全校の健康観察を回収する仕事を終えて職員室に持っていくときには 職員室は白雪姫のセリフのリクエストの嵐となっているのです。 
そんな中 先日maruのたんぽぽ組に劇団「白雪姫」がやってきました。劇団といっても忘年会で白雪姫のパロディー劇をされた幹事の先生方。

たんぽぽ組の図書読み聞かせの時間に maruの大好きな「白雪姫」を上演に来てくださったのです。日ごろ暗幕のかかった反響音の響く体育館での演劇やコンサートは参加できるはずもなく、入学以来一度も演劇鑑賞のできなかったmaruですが、その日はたった一人のmaruのため 校長先生教頭先生教務の先生に養護の先生、図書の先生・・・大好きな先生方が一同に教室にやってきて素敵な「白雪暇」を演じてくださいました。大好きなセリフ満載。大好きなおじさんパワー全開!maruは大喜びでうひゃうひゃ笑いながら 初めての演劇(笑)鑑賞を体験することができました。

 図書の先生の呼びかけに快く応じて、朝の忙しい時間 自分のお仕事をやりくりしてやってきたくださった先生方の結束力の強さ!ほんとうに感謝感謝です。

 最近のお気に入りは「ちくー」。「眠れる森の美女」で「お前は16歳になったら糸車の針がささって死ぬのだ〜」とチクリと刺されるシーンだそうで・・・。次は何にはまるのやら・・・

 


 8) 音楽遍歴

食べ物遍歴に続き第2弾「音楽遍歴」

maruは昔から音楽好きだった。歴代レンジャーのうたやNHKの子供番組のうた…に反応し、リズム感は抜群だった。【おこちゃま音楽期】

そのmaruがある日ビートルズの「Let it be」にハマった。小学1年の時である。パパが、maruが落ち着ける曲はないか・・と必死で探していろいろ聞かせてみてたどり着いた曲だった。この曲をかけるとにんまり笑いながらじーっと聴いていた。今でもこの曲を聴くとなんだかmaruのテーマ曲みたいでじーーんときてしまう。【味わいのわかる男児期】

それからパッヘルベルの「カノン」にはまり携帯CDプレーヤーで聞きながら待ち時間やうるさい場所も少しは過ごせるようにもなった。あの卒業式とかでかかる定番の曲である。なぜカノンだったの??カノンの低音部は♪レラシファ♯ ソレソラ♪を28回も繰り返すらしい…その和音の繰り返しがよかったのか?いやバロック音楽の美しさに気付いたのか?【バロック癒され期】

その後オルゴールの曲や宮崎駿男の映画音楽に反応することもわかり、とくに「君をのせて」のあのせつないメロディーがお気に入りで先生にリクエストしてはうたってもらっている。ごく最近は その歌をうたっていた井上あずみという歌手の人の声に反応するのか、NHKみんなの歌9月にかかっていた「しあわせのうた」(唄 井上あずみ)に自分で気づき、これがすきだーーと言わんばかりのアピールで音量を50くらいで聴こうとしていた。(笑)この曲もあったかくてかわいい いいーーメロディなのだ。【歌手の声質は僕の耳には大事だぜ期】

それにしても いつもmaruが気に入ってはまる旋律はどれもきれいな曲ばかり…さすが我が息子・・。いやさすが 自閉ちゃんならではのいい感性だ。

あっ でも「ふんころがしは忙しい」とかマニアックなうたにもハマってたかな…・(^_^;)さくらうめ



 7) 運動会
 運動会シーズンになりました。(春に終わられている学校も多いかな?)
自閉症のかたは感覚刺激に弱く 人混みや大音響などの苦手なお子さんも多いので この時期急に落ち着かなくなったり 不眠になったり…みなさんいろいろ大変だと思います。
ご多分に漏れず 我が家のmaru坊も とにかくあのピストルのパーンという破裂音が恐くて仕方ないのです。それにいつもと全く違う運動場の景色に観客 声援…スケジュールでいくら提示してもこんなにキツイ行事はありません。
横浜では その行事に無理に参加することによって余計子供を苦しめてしまったりイヤな経験を積ませる必要もない…と自ら行事はお休み、辞退される親御さんも増えてきた・・と佐々先生からお聞きしたことがあります。我が家でも 無理に周りのこどもたちと同じペースで練習し同じものを要求し、かりにそれに少しでもこたえられるようになったとしてもmaruにとってはそれでかえって失うものも多いのかも…それまで大好きだった学校が恐くなりいけなくなってしまうことの方がこわいなーという思いから1年生からできる範囲でのみで無理のない参加をお願いしてきました。
 感覚的に苦手な音や刺激もだんだんハッキリしてきた3年生くらいからは 専門家の先生のアドバイスもあり練習は予行演習の1度か2度(maruは見て覚えることは得意なので本番と同じ流れの中で1度見ればもう分かってます・・と)参加してあとは教室で普段通りのスケジュールで落ちついて過ごさせてもらうことにしています。本番中も出番意外は教室で待機。いつもと同じくスケジュールで活動。昼食もいつも通り教室のランチコーナーでお弁当を食べます(うちの学校は観客席で保護者とお弁当ですが・・)。学校も快く協力をしてくださり 無理な練習や参加もないので、運動会を機にmaruは感情的な爆発も変化もおこさず ニコニコ学校に通えてきました。
そして去年。この年唯一の出場種目はリレー!!花形種目のリレーー!親もみんな熱のはいるリレーです!(涙)練習は1度。しかしそれもばっちり。しかも本番では音を遮断するヘッドフォンのようなノイズディフェンダーもつけ(HPトップ写真をご覧ください(笑))登場!!交流クラスのみんなもmaru無事登場(今まで音楽や音におびえて本番登場できず教室に逃げ帰ることもあったので…)を喜んでくれ さあ彼の出番!女の子に伴走され 本人はニコニコの笑みでトラックを走りきった!!!しかーーし 彼は多動で飛び出す速さはすごいが今回はとってものんびりペースで走ったため ブッチ切り1位だったクラスはビリに。しかもそのまま後続2人では挽回しきれず花形得点種目リレーがビりっケツに…涙。我が子のニコニコ頑張りよりそのことがガーーンで 思わず終わると後続の2人に駆け寄り必死で謝りました。もちろん彼らは少しも責めることなく…・一緒にリレーができてうれしかった…という声も何人もいただきましたが…・・申し訳なく…。という運動会でした。
 
 なのでいろいろ考え今年は私からということで一緒に走らなくて競技とは別に1周クラスの誰かと走る・・という形でのmaruの参加は???と提案をさせてもらいました。しかーーし こどもたちは全員一致でクラスの仲間として走りたい・・と言ってくれて、なんでそんなん聞くん??って言う感じで当たり前に(汗)一緒に参加することになりました。練習はすでに2度こなし、途中1度は失速したそうです(笑)今年の伴走は希望者で争奪戦の上男の子に決定。準備は万端です。みんなに迷惑だから走らせない・・それは親の勝手な思いでもしかしたらmaruは去年みたいに走りたいのかもしれませんね。(反省)妙に去年うれしそうに走ってましたから…。
 別に速く走れたって彼のこれからの自立にさほど役立つわけでもありません。運動会も彼にとっては根性で成長できる場でもないようです。 それでも地域の学校で自閉症のmaruくんとして当たり前にそのままのmaruと交流してもらって、自閉症の特性maruの苦手や得意・・そんなことも授業の中でもお話しさせていただいたり…こうして一緒に過ごしてきた小学校の友だちは きっとこれからの彼の人生でも「ひと(人間)は決して悪いもんじゃない。いいもんだ。人は好き」という 大切な経験 思い出 財産になっていくのかもしれません。そしてそれはこれからの社会での活動できっと大きく彼を支えていく思いにつながると思います。みんなありがとうね。
 さあ本番は9月24日です。Maruは今年もまずはトラックに登場できるのか??そして一緒に走れるのか??万一ビリになっても今年は挽回できるあたりの順番で登場です(笑)。ビリでもなんでもニコニコとうれしそうに走る彼の顔を見れたらいいナーと思います。(sakuraume)

 6) 花火大会
 夏と言えば花火。Maruも打ち上げ花火は夜空に大輪が咲き、キラキラ光って大好きです。ただし打ち上げ花火には一つ重大な問題が…。そうあのどーーーんと地響きのする「音」です。大きな音は大の苦手なmaruにとって あのパンパンドンドンパラパラ・・は恐くて仕方ないのです。ここ岡山の花火大会は妹のマンションのベランダからは超近距離で仕掛け花火までばっちりで よーーく見えるので、毎年楽しんできました。
 
 Maruは最初の年は奥の部屋に避難。最後のみ、ちらりと鑑賞。次の年は半分部屋から出てきて窓越しに鑑賞。でも恐くて避難、また見に出てくる(笑)の繰り返し。その次は最後大音響とどろくベランダに一瞬出て 生花火を鑑賞…とだんだん慣れてきて、そして今年ついに奥の間に一度も避難することなく花火を鑑賞。しかも最後二景くらいはこれでもか・・の連打と大玉が続くのがどうしても見たかったのか…。ふとベランダで見ていたsakuraが振り返るとベランダのじいさんばあさんおばちゃんたちに混じり…顔を少し引きつらせながらも大興奮して首を傾け手をひらひらさせながら花火を見つめるmaruの姿が…。おお、なんだかうれしそうに笑ったぞ(笑)。

 
別に花火が楽しめなくたって構いません。そんなこと生きる上では問題にならないし(笑)。無理強いして慣れさせることもありません。だけどmaruはあのキラキラした花火が大好き。見たくて仕方ないのです。それが見たくてもなかなか見られなかったので、締め切ったガラス越しに音を和らげたりしながら楽しんできましたが 自分からベランダに出て生であの迫力を味わうことができたなんて なんだかうれしかったです。自閉症のmaruには感覚的にもなにもかも違うので なかなか生きづらいこの世界。だけどまた一つ楽しめるものがこの世界に増えたというのはとってもうれしい。また来年も見ようね!

 5) ショプラー先生
 七夕もすぎた7月10日 TEACCHプログラムの創始者ショプラー先生が亡くなられました。ガンだとは伺っていましたが進行は遅いから・・とお聞きしていたのでsakuraにとっても突然の訃報にただ残念でした。心からご冥福をお祈り申し上げます。
 
 初めて先生にお目にかかったのは診断でNCに行った際、ショプラー先生の大好きな牧場でのパーティーで。内心ただただ、うわーー本物のショプラー先生が動いてるーー!みたいなノリのsakuraでしたが、お話すると「日本にかえっても頑張ってください。今回の訪問が少しでもお役に立てれば・・」と 本当に腰の低い穏やかな方でした。印象的だったのは帰り際 お先に失礼します・・とご挨拶にうかがうとmaruくんにさよならとお別れを言いたい。日本語で何と言うの?」と聞かれました。「日本でもバイバイと使うのでそのままByeで結構ですよ」と答えると「彼の一番わかりやすい言葉で言ってあげたいんだ・・」と。そこで「さようなら」を教えて差し上げると「Maru サヨウナラ」とにっこり声をかけてくださいました。たった一言なのに相手の立場になって気を遣ってくださることのできるこの方だからこそTEACCHプログラムを考えだすことができたのだろう・・ふとそう思いました。

 その先生ももういらっしゃらないのですね。日本でまたお会いしてからも 今度はメールもできるからと 私達の話しにもすぐに行動してお返事をくださったり・・本当にあたたかい方でした。Maruもまだまだchallenge中で毎日悪戦苦闘です。でも先生 TEACCHのおかげで彼は確実に生きやすくなったしコミュニケーションも楽しめるようになってきました。本当にありがとうございました。(さくらうめ)

 4) ゆけゆけ 役員

 女は弱しされど母は強し…あの出産を経験し、守るべき子供を持った母は強い。そう言われだんだん恐いものなしのおばちゃんに進化を遂げる妻をこんなはずでは…と思うお父さんたちも多いはず(笑)

 
 maruというちょっと、いやとっても変わった子供を授かったsakuraも外に出れば変わった子ね、変な子ね…という無言の視線に傷つき 謝ってばかりでした…。それがいつしか そんな視線にも「息子は自閉症で重度の障害児なんです。それがなにか??」と開き直るこのごろ(笑)。だって 今やイギリスの統計では自閉症スペクトラム障害は100人に1人の割合で存在している。(25人に1人というデータもあります)といわれてるんです。どこにどう自閉症の人がいたっておかしくないンです!いけませんか?(笑)


 学校や町内の役員…誰だってできれば受けたくない!だけど 順番やクジで当たれば仕方ない。気持ちよく引き受けましょう…だけど役員に今回当たらなかった方たちだって協力しますよね??障害児だって同じこと。そう「お当番」と思うことにしました。私たちは自閉症をもつ子供を縁あって授かりました。うちに来てくれたからにはなんとか責任を果たして育て上げ、共に幸せに人生を終わりたい。だけどそれはあなただったかもしれない・・だから今 お当番を引き受け悪戦苦闘がんばってる役員の私をみんなも暖かく見守ってお手伝いよろしくね!それでいいじゃないですか。と超勝手な解釈に至ったゆえの オバタリアン(ふるーーい)化です(笑)


 変なヤツという視線ビームには「おや?自閉症ですけど何か?」(言外に「いけませんか???これでもかわいい自慢の息子ですけど・・」という言葉を含め(笑)「まだまだ立派な社会人になれるよう この世界のルールも一生懸命教えている最中ですから、成長途上ですから 温かい目でご容赦を…」と 心臓にはえた毛を毎日剃りながら 今日もsakuraは歩きます。自閉症でもいいでしょう???


 3)縁は異なもの味なもの 

 「縁は異なもの味なもの」とはよく言ったものです。Sakuraにはアメリカノースカロライナ州(以下NC)のグレートスモーキーマウンテン(国立公園)の麓の田舎の街に まるで親戚のおじおばのようなつきあいをもう15年くらい続けている友人がいます。TEACCH部に診断・評価を受けに行くずーーと前からの友達です。

 出会いは 中国雲南省の大学、当時日本語を教えに派遣されていたsakuraと英語と歴史学を教えに派遣されていた夫妻。夫妻の娘と同じ年頃で、たった一人だった日本人の私と仲良くしてくれました。野球と日本文化が大好きな夫妻とそれぞれの帰国後も文通やクリスマスプレゼントを贈りあったり…と友好は深めていました。やがてsakuraは結婚し子供も生まれ毎日毎日育児と家事に明け暮れていた時maruが自閉症かも…と言われました。ハッキリ診断は出ないし 進学も悩むし…でいつものようについ愚痴を手紙で送りました。そこから私の歯車は大きく回り出しました。NCにはTEACCHという素晴らしい自閉症の療育プログラムがある!!早速TEACCHセンターに問い合わせた夫妻から「『まず診断ありき』といわれました。すぐにTEACCHをネットで勉強してみなさい!!…から始まりいくつものハードルを越えNCでの診断を受けられることに決定しました。

 だけどなにもアメリカまで行かなくったって…。そうですよね。今なら日本にもきちんと診断評価してくれるところはあるし、発達支援センターもとりあえずできました。だけど医者からの「混沌としたなかただボーと生きている状態でしょう。自閉症です、一生治りません。」で終わってしまった渡米直前の日本での診断では希望も勇気もわきませんでした。どうやってこの子を育てればいいか?この子には得意なことはないの?それだけかい!!!!!!と思ったsakuraにはmaruを育てる「羅針盤」が必要でした。NCのTEACCH部から紹介され日本国内を探しまくった佐々木先生はなんと地元岡山におられ、勉強会にも出席しました。「自閉症の人にこちらが合わせるのです。わかるように伝えようと努力してからそれからこちらの世界に近づいてもらうんです。」「ありのままのお子さんを受け入れて」そんな先生のお話に目が覚める思いでした。その先生がいつも語られるNCにいって本物を見れば生きる希望も見つかるかも・・。そんな思いもありました。

 
 TEACCH信奉者、佐々木崇拝者なんて意地悪く言う人も言います。でも大いに結構(笑)。だってmaruには自閉症のまま幸せに暮らすための構造化Structure という自閉症の人のバリアフリーの支援体制はとってもあっていたんだから・・。(TEACCHは自閉症を矯正したりこちらの都合のいいようにカードで動かす療法ではなく 一生にわたる支援体制、支援のプログラムです。だからこそ周りにも理解してもらいみんなで支援していかなければいけません。啓発活動・・大事です・・がんばれケセパセ!)

 
 中国の辺境の地で出会ったアメリカの友人に 数年後たまたま自閉症の息子が生まれた自分がその息子ともども大きく支えられ助けてもらうことになるなんて…アメリカからTEACCHを教えてもらうなんて本当に思いもしませんでした。この交流のお話はエリック ショプラー先生(TEACCHプログラムの開発者)が来日されたとき「実におもしろい…」ととっても感心してくださいました(笑)

 ちなみに言葉のないmaruには当然英語も日本語もありませんでした(笑)一番ニコニコと黒人の人にも白人の人にも臆することなく近寄っていって親しくなるのはmaruでした。やっぱり当時からおじさん好きでした。(笑)一番キャーキャー追いかけっこしてもらったのはとっても親切だったホテルの黒人のかっこいい大きなおじさんでした。そして1ヶ月後 日本に帰国しても靴のまま畳の部屋に上がってしまい…オイオイ!ということもたびたび。 靴を脱ぐ生活に戻るのに1週間、そして夜中に遊び日中爆睡…という時差ぼけ解消にも2週間を要する…というおまけも付きました。


 2) もしわが子が話せたら 

 「もしmaruが1時間言葉を流暢に話せるとしたら その1時間で彼は何を語るだろう?」そんなことをふと考えます。「お母さん 君はしゃべりすぎ!もう少し静かにしてくれないかな」「おとうさん おならをしたときは僕みたいにちゃんとごめんなさいって謝ろうよ」「お姉ちゃん部活で遅いけどもっと早く帰って遊んでくれよ」…なんて リクエストが語られるのかな??


 我が家の息子
maru君は言葉を持ちません。一度通った道や漢字は覚えられてもしゃべらないのです。Nonverbal、つまり言葉を持たないタイプの自閉症です。だからといってコミュニケーションが全くできないわけではありません。コミュニケーションカードを使って「手伝ってください」や「ご飯おかわり」「テレビをつけてください」など自分の意志を伝えたい・・という思いだけは育ててきたつもりです。彼には言葉をうまく言えない発音発声の上での障害(こう音障害)もあるのですが、それでも彼なりの発語は少しあります。「おあよ(おはよう)」「ありがこここ(ありがとう)」「おわみ(おやすみ)」「けんけ(先生)」「ごめなきゃい(ごめんなさい)」「きお(塩)」「おん(本)」「ぷっぽ(ちゅーちゅーアイス)」(^_^;…いろんな単語を一生懸命駆使してくれます。しかし 彼にはセンテンスはないのです。


 Maruを11年間育ててきて 今では「自閉症のmaru」をそのまま受け入れているので 同じ年頃の男の子が習い事をしたり、野球やサッカーに熱中したりしているのを見ても、「maruも障害がなかったらこうしているのかな?」としみじみ考えることは全くありません。いまだにレンジャーやNHK教育番組が好きで 赤ちゃんみたいにくすぐられるのも好きで・・お受験もスポーツ少年団も無縁のそんなありのままのmaruがかわいくて仕方ありません。だけど 自閉症という大変な見えない障害に苦しみ 感覚も視覚も嗅覚も私とはまるで違うものを持っている、我が子でありながら「異星人」のmaruがもし言葉を持ったら…何をどう訴えたいのか???そうふと思うのです。


 友達の息子さんはいわゆるよくおしゃべりのできるタイプの自閉症。だからといって適切なコミュニケーションが問題なくできるわけではないので、友人宅に連れて行くと「ママ このお家臭い!くさいよーーー」と言って騒ぎ 穴があったら入りたい、逃げたい気分だった…て聞きました。言葉があればあったで 自閉症だからこそ困ることもあるのでしょう…。だけど聞いてみたい
maruの長―い愚痴。(笑)その愚痴に自閉症の彼ならではの生きにくさとかうんちくのある言葉が詰まっていそうで…彼の最大の理解者になりたい!と思っているさくら・うめには是非お伺いしたい事なのです。


 もしその中に「ママ大好き・・」って言ってもらえたら…・大泣きしてしまうかも。だって 
maruは「パパ」「ねーね(おねーちゃん)」は呼びかけるのに私には「はい、はーーーい」って(涙)。いつも彼がこっちをアイコンタクトとって見つめるたびに「はい。はーーい」って返事をしてきたのでママ=「ハイ」という名詞だと思っているふしが…。きっと一生「ママ大好き」は聞くことはできないでしょうが、maruの満面の笑顔は私の活力剤です。


 創設号 食べ物遍歴
 我が家の自閉症の息子maru(小4)は昔から食べ物にはとてもこだわりがありました。自閉症の方って感覚的に受けつけない食べ物があったり、とても味覚に敏感だったりと、皆さんお子さんの食事には苦労されることも多いと思います。
  maruも形ある野菜を受けつけず肉食動物のような生活をしていた幼児期「ライオン期」を経て、つぎは混ぜものを食べない…つまり複数の素材を混ぜて作った料理(野菜と肉の炒め物など)に手を出さずいちいちとりわけていた「単品期」そして近所のおじさんが有機栽培の庭で収穫した虫食いだらけのホウレン草でつくったおひたしが甘くておいしくて野菜の味に目覚め 現在のピーマンもニンジンも丸かじりでおやつにいただくという「青虫期」に至っています。
 インスタントラーメンは食べても お総菜やインスタント食品はほとんど食べない。味付けのりは一定の厚さ以上のものをお気に召される。わかっていないようでブランドの味の違いとかわかっている。調味料は決まったブランドがある。鈍感なようで敏感。…うーーん奥深い方たちです。ごまかしはききません。保育園を変わったときも、小学校に上がったときもようやく馴染んで食べられるようになった給食の味が変わってしまい、何ヶ月も食べられませんでした。そんなmaruには餃子も春巻きもハンバーグも…何でも手作り・・。NPOの仕事で疲れたときも息子の口に合う手抜きご飯はなかなか見つかりません。
 (×しかし 苦労して煮込んだ煮豚が焼き魚の皮に負けたり、料理番組のレシピで作ったシチューが青しそドレッシングのかかっただけのキュウリに負けたり…日々勝負はきびしいのです。ああマクドナルドのポテトや出前一丁に完全勝利できる日は来るのか???今晩も戦いは続きます。                                      さくら・うめ


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