
2006年4月8日島田律子さんをお招きし第1回「自閉症を理解するための講座」を開催しました。島田律子さんの講演会参加者のアンケート,レポート、理事の感想を掲載します。
感想1 普段あまりスポットを当てられない兄弟児ご本人からのお話はとても印象的でした。両親には話すことができない、友達にもぶっちゃけられないつらさ、そして弟さんへのすまない気持ちと自責の念。今は明るい口調ではなされる島田さんの美しい声を聞きながらも、彼女が過去長い間抱えてこられた苦しみがしみじみ感じられて涙が流れっぱなしでした。島田さん、最前列真ん中の席でだーだー涙をたらしてすみませんでした。(笑) 学校には兄弟児が何人かおりますので、教師として何か支えてあげることができないかと考える機会を与えていただきました。
感想2 「とても プライベートな部分をお話していただいて びっくりしましたが、講演を聞いた後 とても温かい気持ちになっていることに気づいてうれしくなりました。今回初めて 娘が一緒に聞きにいきたいと言ってくれて小4ですが 1時間半座って聞けるかな?と少し不安でしたが最後まで聞いてくれました。本気で聞いている様子も見れたので何かしら心に残ることもあったのでは!と思います。」
感想3 「兄弟児の生の声がきけて大変ありがたかったです。本音の声が聞けることは 立派な先生や本からの知識から得られない勉強になります。」
感想4 「お姉さんとして弟との関係で感じた葛藤 強く明るいキャラクターを作って頑張ってきたこと、両親の苦労を間近に見てきた人ならではのお話でした。兄弟を育てる上でとても参考になりました。弟を可愛いと思っているけど恥じている心境、親にも周りにも相談できないつらさ、等等・・・弟が施設に入ったあとの家族関係の話は特に説得力がありました。逃げないことってこういうことだったんですね(自分と向き合うこと)1歳のときからの記憶をひも解いていく作業の話が具体的で良かったです。」
●岡山市にある感覚統合療法を行う「ぐるぐるめろん島」の後藤裕美さんが4月発行のめろん島新聞に島田さんの講演会報告を寄稿されておられました。わかりやすくまとめられていたので、本ホームページへの掲載をご許可頂きました。私の感想ということで報告をまとめようと思ったのですが、上手にまとめられなさそうなので、律子さんのお話されたことをそのままいくつか抜粋して掲載させていただこうと思います(リキオさんの成長記録にそってお話された内容は、著書『私はもう逃げない』に掲載されているので省略させていただきます。めろん島の本棚にも置いてあります)
〈律子さんが本をなぜ書いたのか〉
律子さんが5歳の時に、リキオさんが自閉症であることが分かったそうですが、親が毎日泣き暮らしているのを見ているのもショックで、また、お祖母さんにことあるごとに「かわいそうに」と言われることがものすごく苦痛だったそうです(TVでドラマ化されたときに何度も出てきたシーンで、律子さんはこの言葉にものすごく苦しめられたそうです)。私だけ障害者の兄弟がいる、ということでコンプレックスを持った律子さんは、暗い子どもになったそうですが、当時ご両親はリキオさんのために少しでもいい環境を、ということで転校を繰り返している時期で、転校を機に、強いキャラクターを作り、自分のことを「オレ」と呼び、自己防衛をするようになったそうです。「お前の弟はバカか」と言われても決して泣いたりはしなかったのだそうです。
自閉症の子どもを持つ親御さんには、大まかに分けると二通りの考え方をされる方がいて、ひとつは「父さん、母さんが死んだ後のことは頼むよ」と言うタイプ。もうひとつは「父さん、母さんが何とかするからお前は自分の人生を歩みなさい」と言うタイプ。律子さんのご両親は後者のタイプだったのだそうで、どちらが良い悪いという問題ではないですが、リキオさんのことを本当に愛して、可愛がっている反面、友人にすらリキオさんの存在を隠していた律子さんは、25〜6歳になった頃から、リキオさんのことを親任せにしてきたこと、心のどこかでリキオさんのことを恥じている自分に罪悪感を感じ、どんどん追い詰められていったようです。はじめは、そんな思いから逃れるために、ボランティア活動に参加してみよう、などとも考えたらしいのですが、「今さら・・・」という思いがあってどうしても参加することができず、しまいには赤い羽根募金ですら「偽善では?」と感じるようになり、何もできなくなってしまった、とのことでした。そこではじめたのが、全てを日記代わりに綴ることだったのだそうです。辛くてワープロを押入れに閉まってしまうこともあったようですが、少しずつ自分の気持ちを綴っていく中で、次第に気持ちがほぐれていったのだそうです。
〈出版にあたって〉
本にしたことで、律子さん自身、いいことがいくつかあったそうです。一番よかったことは、「楽な家族になれた」こと。それまで、律子さんはご両親と向き合うことから逃げ、またお父さんもリキオさんのことをお母さんに任せて仕事に逃げ(とはいってもリキオさんのために奔走していたお父さんなのですが・・・)、家族が本音で話をすることがなかったのだそうです。本をきっかけに、ご両親は律子さんがどのような気持ちで過ごしてきたかを初めて知り、ショックを受けられたそうですが、本当の気持ちを素直に語り合うことができたことで、ようやく本当の家族になれた、と語っておられました。
律子さんは、お友達にもリキオさんのことを隠して過ごされていたそうですが、本をきっかけに「そういえば毎日電車で見かけるちょっと変わった子、あの子も自閉症なのかな?でも一生懸命がんばってるよ」と言ってくれたり・・・自分が今まで周囲の反応を恐れて過ごしてきたのは何だったんだろう?と感じるくらい、あたたかい反応が返ってきたそうです。
今まで、リキオさんの障害がなかなか世の中の人に受け入れられないことを社会のせいにばかりしてきたけれど、当事者である自分たちが、自閉症の子のことをOpenにしていかなければ、理解されることはないのではないか。ノースカロライナ州では、州の人が皆、自閉症の人たちの特徴を理解してくれていて、例えば、ファーストフード店でジュースを選ぶとき、選択することが苦手そうだと思ったら2種類のジュースを提示して、どちらかひとつを選ぶような方法で接客をしてくれるそうです。日本にもそういう日が来ればいい、それが律子さんの願いだそうです。
律子さんの講演の最後に、ケセランパセランの方が律子さんへのお礼の言葉の中で述べられた言葉も大変心に残ったので記しておきたいと思います。
「家族がHappyでないと、本当の支援はできない」(ノースカロライナ州に研修に行かれたときに聞いた言葉だそうです) (文責:後藤)
感想1.島田律子さんの講演会に沢山の方が参加してくださりありがとうございました。兄弟児のかたの参加もあり スタッフ一同感激をしております。
感想2. 本当にいいお話しをしていただいて、設立記念講演会にふさわしい内容だったとみんな喜んでおります。会場のずるずるというすすり泣きの音を聞きながら 私も涙腺が・・・。兄弟児も含めて 家族みんながhappyに過ごせるよう ケセランパセランも頑張っていきたいと思います。
写真は4月8日講演会後、後列中央島田律子さんとケセランパセラン理事との記念撮影
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